空手において、猫足立ちは必要か?

猫足立ち、ではなく猫 技術
空手 動体視力 突き 

猫足立ちについて書いてみます。猫足立ちは、立ち方の中でも結構きつく、組手で使うこともほとんどなく、ですが実践的、などと言われています。果たして猫足立ちは本当に使えるのでしょうか。以前書いた糸洲シリーズも交えて、私独自の視点で結論を出しましょう。 それではどうぞ。

 

猫足立ちは後ろ足がきつい・・・!

猫足立ちって、後ろ足がきついですよね。

私も空手を習い始めた頃、型をやるとき、姿勢を結構低くさせられました。

今は指導する立場になりましたが、教えるときは(規定もありますので・・)低い姿勢が出来るように練習をさせます。

猫足立ちは、低くすればするほど、重心の乗る脚にかなりの負担がかかります。

腿も張ってきついですし、膝に掛かる負担も大きく、なんだかただ単に筋トレをしているイメージです。

鍛錬というと、私が書いた糸洲シリーズを思い出しますね。

糸洲系の空手は、その本質は鍛錬にありました(これは私が出した結論です)。

糸洲は、ピンアン(平安)を創作し、ナイハンチも鍛錬することを重要視した型に改良をしました。

ピンアンには猫足立ちが採用されています。糸洲が作ったピンアンですから、この姿勢の低い猫足立ちをやらなくてはなりません。

詳しくは

糸洲のナイハンチは凄かった!?(連載1)からお読みください。

 

実戦で猫足立ちは使えるのか?

実戦で猫足立ちは使えるのでしょうか。

型で行っている、いかにも猫足立ちって言う立ち方のことです。

まずあの立ち方でじっとしていると、猫足立ちをしているだけで体力をどんどん消耗していきます。しかも、後ろ足の負担がハンパないため、じっとしていることの方が難しいです。

昔の極真空手の試合(1970年当時)や、他流派の組手練習を見ていると、この猫足立ちで構えている姿がよく見られます。

ですが、今となっては、ほとんどいません。

伝統派空手の組手試合においては、皆無でしょう。

ということは、猫足立ちは実践的ではない、ということをもう既に証明しているように思います。

昔の極真空手や、他流派の一部で猫足立ちが見られた理由ですが、

一つは、現在のようにコンビネーションがなかったから、と言えます。

You Tube動画で検索してみてもらうと分かりますが、構えてほぼ余り動かない状態から、いきなり突き蹴りを単発で出すことが多いです。

このやり方ですと、言っては悪いですが、試合運びが遅いので、猫足立ちでも対応できます。極真の試合では、顔面がないにせよ、直接打撃制を採用した当時としては画期的なものでした。顔面がない試合に慣れていないですし、また相手を倒す為に一打一打が強く打ち込まれています。この辺が今の試合と違うところでしょう。

現代のように、試合になれて、コンビネーションが一般的であれば、相手の連続攻撃に対して、後ろ足重心の猫足立ちでは、前足で蹴るか、右の逆突きを行うことくらいしか、上手く動けないと思います。

私自身、組手で猫足になることはありません。

やはり素早く動けないからです。

防御するにしても、攻撃するにしても、動きづらいです。

後ろ足に重心があるので、追い込まれると後ろに倒されたり、突き蹴りの攻撃で応戦するにしても、力が乗りません。

やはり猫足立ちは使えないと私は判断せざるを得ません。

 

猫足立ちがいらない理由

空手

猫足立ちは使えないと前述しましたが、違う視点から、猫足立ちがいらない理由をここで述べて見ましょう。

猫足立ちが本当にいらない、と考えるようになったのは、実は以下の記事がきっかけです。

このブログで何度も出てきますが、私が超おすすめする「本部流のブログ」から、

2つの記事をご紹介します。

知花公相君と古流首里手の立ち方

『知花公相君と古流首里手の立ち方』
前回の記事で述べたように、知花公相君は首里の上級士族であった知花殿内に家伝として伝えられた型である。したがって、この型は糸洲安恒先生による大規模な改変の影響を…

知花公相君

『知花公相君』
YouTubeに珍しい型の動画がアップロードされている。それは遠山寛賢(Toyama Kanken)の「知花公相君(Chibana Kusanku)」である。…

この記事がきっかけで、猫足立ちは糸洲が創作した立ち方ではないかと思うようになりました。

糸洲シリーズを書いているときも、糸洲の目的が空手の体育化(当時は今のようなスポーツではなく武道的な体育)にあったため、型を実戦型ではなく、鍛錬型へと改変したと思われます。(詳しいそのあたりの経緯については、私の糸洲シリーズをお読みください。)

ピンアン創作、ナイハンチ改変だけでなく、パッサイ、クーサンクーなどの型も、全て鍛錬型に変えていったとすれば、もしかしたら本来は「知花クーサンクー」だったものが、今の猫足立ちクーサンクーになった可能性がかなり高くなってきます。

そしてなによりも、実際にマネしてやってみると分かります。

このほうが動きやすいので、素早く体を捌くことが出来ます(あくまで私の真似です。本来の使い方を違う、といわれてしまえばそれまでです)。

動きやすく、疲れにくく、使いやすいとくれば、猫足立ちの必要性はありません。

鍛錬するにしても、わざわざ無理して猫足立ちをする必要もないと考えます。

 

私が考える猫足立ちは?

猫足立ちは必要ない、とまで言い切って、「私が考える猫足立ちは?」って、おかしいですよね。

ですが、私は支部道場の道場長です。猫足立ちはいらない!なんて、道場で生徒に教えていたらヤバイですよね。

型を指導するとき、「猫足じゃなくて、知花公相君の立ち方にして!」なんていったら、

即、退会宣告を受けるでしょう。

うちの流派には知花公相君はないですし・・。糸洲系だし・・・。

ですので、実は私なりに、猫足立ちの理由を考えています。

私が考える猫足立ちはこれです。

半端ないキレ!これがムエタイを極めた神の技

ムエタイじゃないか・・!と驚いたかもしれませんが、私が考える猫足立ちは、このイメージです。

猫足立ちを、型で行うように、ピタッと静止して使うのではなく、動き回っているときにたまたま近い姿勢になるときがありますよね。

このムエタイ選手の動画でも、後ろ足に重心が掛かり、前足の踵が浮いている瞬間がしょっちゅう出てきます。

つまりこういった使い方をするのが猫足立ちであり、猫のように俊敏に動きまわれる足使いをするためのものだ、という風に解釈(曲解?)して指導しています。

他流派のところで良く聞く説明として「前足で蹴りをするときに一瞬だけ猫足立ちになる」といったものがあります。

私の場合はそれだけではなく、動きやすく、動き回れるところに重点を置いています。

ですから、型を指導するときは、足腰の鍛錬として、ある程度低い姿勢でのピンアン(平安)やクーサンクー(観空)として指導するわけです。

糸洲系の空手は鍛錬型とすれば、この指導内容であれば説明としても矛盾しませんし、型の稽古もちゃんとやりながら、組手では使える歩法と立ち方としての猫足立ちをやってくれます。

 

まとめ

空手の記事に関するまとめ

猫足立ちは必要ない、と結論付けましたが、

最終的には、解釈を変えることによって、猫足立ちを指導する、という私の苦しい立場を弁明する内容になってしまいました。

本来、猫足立ちという概念で、立ち方として孤立させることは、全く必要ない、と思っています。

むしろ、知花公相君のいわゆる「ナイハンチ立ち」にするほうが、汎用性が高くなり、猫足立ちのような姿勢が勝手に出てくると思うのですが、皆さんいかがでしょうか。

どうぞ参考にしてください。